HOMEアップルタウン(Apple Town)  >日本を語るワインの会 vol.107

二〇一二年四月五日、恒例「日本を語るワインの会」が代表自邸にて開催されました。日本では象牙海岸として古くから知られていたコートジボワール共和国の大使ジェローム・クロー・ウェヤ氏、水戸市長を三期務めた後国政に進出した参議院議員の岡田広氏、先の総選挙で赤城徳彦元農林水産大臣を破って初当選した衆議院議員の福島伸享氏、昨年の選挙で初当選を果たした水戸市長の高橋靖氏、アパホテル第二号のフランチャイズホテル、アパホテル〈水戸駅北〉を所有するホテルステノ取締役会長の遠藤泰生氏をお迎えし、コートジボワールと水戸との今後の提携について、大いに盛り上がりました。


政治的な安定を取り戻したコートジボワール
コートジボワール共和国は西アフリカに位置する国。約三十二万平方キロメートルの面積は、日本よりも少し小さいくらいで、ここに約二千二百万の人々が住んでいる。一九六〇年にフランスから独立したのだが、日本はすぐに独立を承認し、一九六四年にコートジボワールに大使館を開設、一九六九年には在日コートジボワール大使館が作られた。日本が友好関係を結んだアフリカの国としては最も早い部類に属し、以来日本はコートジボワールを西アフリカの最重要国と考え、コートジボワールも国家建設の模範として日本をあげていて、両国の関係は極めて親密だ。伝統的に栽培が盛んなチョコレートの原料であるカカオ、コーヒー、そして近年は石油や石油製品の輸出が産業の主力となっている。
 一時期政情不安に陥ったコートジボワールだが、二〇一〇年にIMF(国際通貨基金)出身のテクノクラートで国際的にも有名だったウワタラ氏が大統領に就任し、現在は安定している。ウワタラ大統領は産業の育成にも強い関心を持っており、そのパートナーとしての日本の役割に大いに期待している。またコートジボワールは観光立国を目指している。かつてはクラブメッドまで作られ、ヨーロッパ各国から観光客が訪れていた国だったが、政情不安で一気に人々は離れていった。だが安定した今、また様々な計画が考えられている。
 元谷代表が勝兵塾を始めたのは、幕末の吉田松陰の松下村塾に倣ってのことだ。維新の時同様、世の中が大きく変化しなければならないタイミングなのに、アメリカ派や中国派の政治家ばかりの今の状態では駄目。「日本派」の政治家を作り、ひいてはこの塾出身者から首相を…というのが、勝兵塾の目標だ。高杉晋作は上海の状況を見て、欧米の植民地となることの悲惨さを知り、日本の今後に危機感をいだいて尊皇攘夷運動に身を投じていく。そんな危機感も今の日本には必要だ。吉田松陰や西郷隆盛など幕末の志士に大きな影響を与えたのが、尊皇思想を持つ水戸学だった。「水戸黄門」として知られる徳川光圀が始めた修史事業が継承され、水戸藩第九代藩主の徳川斉昭によって藩校・弘道館での教育に発展したものだ。斉昭は非常に開明的で理念を重んじた名君と称されている。

アフリカでも中国が馬脚を現しつつある
チベットの僧侶が中国政府への抗議として行う焼身自殺が続いている。この一年間では約二十件発生し、十数名の人々が死亡している。二月に青海省で焼身自殺した三十代の僧は、僧院の教師だった。武装警官と保安員によって中国共産党の教えを絶対とする愛国教育を行うようにと強要され、行わなければ僧院を閉鎖すると脅されたために、やむなく抗議のため自殺したのだ。こんな悲劇が毎月のように中国では発生している。ベトナム戦争の時にアメリカに抗議をして焼身自殺をした僧侶のことをメディアは大々的に報道したが、チベットの僧侶のことはあまり報じない。ベトナム戦争の時の焼身自殺は、それが「反米」だったから大きく取り上げたのであって、チベットの僧侶の場合それは「反中」の意思表示。だから中国に慮るメディアは無視するのだ。政治家同様メディアも中国寄りか、ユダヤ・アングロサクソン寄りだ。日本で流れているニュースはすべてユダヤとアングロサクソンのフィルターを通してOKのものばかりだ。日本での報道が世界の真実と思うのは大間違いだ。
 この状況を打破すべく、櫻井よしこ氏がこの四月にチベット亡命政府のロブサン・センゲ首相を日本に招き、シンポジウムを行った。コートジボワールをはじめとするアフリカ諸国に中国アレルギーが広がる一方、日本との提携を希望するケースが増えてきている。中国がその土地を支配下にしていく方法というのはいつも同じであり、大量に人を送り込むという同化政策だ。チベットでもラサなどにどんどん漢民族が流入しており、人口比率が変化してきている。チベット民族には一人っ子政策を適用しないという特例を与えているが、それは単なる見せかけの恩恵だろう。同様にアフリカにも中国は一億人もの国民を送り込む計画を明らかにしている。中国の場合はこういった露骨な国益を背景にしたアフリカ進出なのだが、日本は違う。中国が現地に様々なことを押し付け、援助もひも付きなのに対して、日本は政治・宗教・慣習など一切押し付けない。だからアフリカでも評価が高いのだ。

エジプト安定化の鍵はムスリム同胞団と軍の協調
しかし日本はこれまで文句を言われて金を出すというケースが多すぎた。インドネシアなども、一九五五年のバンドン会議(アジア・アフリカ会議)の時には独立に関しての日本の貢献に感謝の念を示していたのに、戦時中の日本のことを批判すればするだけODAを獲得できると気づいてからは態度が一変。駐日インドネシア大使も個人的には独立への日本の貢献を認めつつ、その発言が公になることは断固拒否していた。こんな風潮を生み出したのは、日本の外務省の弱腰外交に他ならない。
 「アラブの春」とも呼ばれるアラブ諸国における一連の政権交代だが、国によってその後の進展にかなりの差が出ている。最初にジャスミン革命として市民が政権を倒したチュニジアでは、着々と新体制の下新しい国づくりが行われているが、リビアではカダフィ亡き後も部族対立が続いている。エジプトでは五月下旬の大統領選挙に向けての選挙活動が活発になりつつある。議会最大勢力となっているムスリム同胞団からは幹部のシャーティル氏が立候補、一方依然として多方面に影響力を持つ軍の関係者としては、前副大統領で元情報機関長官だったオマル・スレイマン氏が立候補している。エジプトが最も安定化するのは、ムスリム同胞団がエジプト軍と手を結ぶことだ。エジプトで宗教色があまりにも強すぎる政権が誕生することを、アメリカは望んでいない。実はアメリカはエジプトに大きな影響力を持っている。エジプト軍の高級将校は米国留学したものが多く、アメリカとの太いパイプを持つ。アメリカの仲介でエジプトとイスラエルが一九七九年に平和条約を結んだのも、エジプトの国政に軍が強い影響力を持っていたからだ。お互い主張はあるにせよ、まずはリビアや内戦が続くシリアのようにならないために、妥協によって安定化を図るのが、エジプトやエジプト国民のためだろう。しかしアメリカ型の民主主義がどの国にもマッチするとは限らない。イラクがその明確な失敗例だ。独裁国であったとしても、かつてはシリアもリビアも穏やかに人々が暮らす国だったのだ。一昨年末、元谷代表はリビア訪問時にカダフィと面談を行おうと申し込んだが、書類には必ずアラビア語を記入しなければならず、英語は不可。それぐらい自国の文化にこだわりのある国だったのだ。

姉妹都市になるためには歴史の積み上げが必要
水戸は梅で有名な街。日本三名園のひとつにあげられる偕楽園には、百品種三千本の梅の木が植えられ、二月から三月にかけて咲き誇り、梅まつりも開催され全国から観光客が集まる。観賞用の梅ではすっかり全国に知られているが、食べる梅となると和歌山県の紀州の梅を真っ先に思い浮かべる人が多い。これではいけないと、水戸市では食べる梅にも力を入れ始めた。ただその成果が出るのは数十年後という長いスパンの話だ。コートジボワールはチョコレートの原料で有名な国。首都のヤムスクロと水戸市が出来た梅とチョコレートを組み合わせた「梅チョコ」を作って両方で売りだせば、良いお土産の品となるのではないだろうか。そうやって歴史を積み重ねていけば、将来的には姉妹都市となってさらに交流を深めるということもあり得るだろう。その際は水戸市は日本の心の代表として売り出すべきだろう。それだけの歴史と文化が水戸市にはある。
 コートジボワールのウェヤ大使の一番の希望は、アフリカで一番最初にアパホテルを誘致すること。しかしそれは夢物語ではない。アパホテルは八年後に世界一のホテルグループを目指すことに。現在年間七千室増加していて、三年後には五万室体制になることが確実。八年後には数十万室となり、ヒルトンやスターウッド、アコーなど世界の名だたるホテルグループを追い抜くという計画だ。そのために、来年からはまずはフランチャイズホテルによる海外進出を予定している。