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藤 誠志 エッセイ 〜社会時評エッセイ〜 2006年4月号
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藤 誠志
 上海で大成功したスーパーエリートを訪ねる
 先日、友人の招きで中国・上海を訪ねた。その友人は、上海で事業により大成功を収めた「スーパーリッチ」な42歳の女性事業家だ。彼女は台湾の大学を卒業した後、早稲田大学大学院に留学、さらにアメリカのイェール大学で博士号を取得し、アメリカの弁護士資格も持つ、「世界のスーパーエリート」というべき学歴の持ち主で、ご主人もイェール大学の博士号と弁護士資格を持っている。台湾人である彼女が10年前、北京で投資ビジネスを始めたのだが、最初の5年間は、騙されたり、あてがはずれたり、思ったような結果が出せなかった。しかし5年前に上海に移ったことによって、チャンスが巡ってきた。ヨーロッパの資本と組んで、石炭事業に投資する会社を設立し、石炭での配当を受けているが、昨今の原油価格高騰の影響を受けて石炭価格が値上がりして、莫大な利益を上げているという。
  空港に着くと、お迎えの美人秘書の案内で彼女の自宅へ。車で1時間程で到着したのは、中国ではなくビバリーヒルズ辺りが似合いそうな大きなプールがある豪華な邸宅だった。8〜9メートルぐらいの高さがある天井から美しいシャンデリアが下がり、壁にはシャガールなどの絵画が何枚も掛けられている。絵画以外にも数多くの美術品が置かれ、そのほとんどはサザビーズで購入したものとのことだ。家具もセンスの良いものばかり。最近隣の家を購入して、子供の勉強部屋にしているそうで、台湾から呼び寄せた家庭教師を住み込みにし、それ以外にも白人の英語教師を通いでお願いしているという。その邸宅で、私の好みを配慮してもらった海鮮を中心とした絶品の台湾料理とともに、一本10万円は下らない白ワインをいただくという、贅沢なディナーをご馳走になった。
  ヨーロッパの資本と提携して投資している石炭事業の総投資額は約20億ドル(2,400億円)だそうで、これを10年後には100億ドル(1兆2,000億円)にしたいとのこと。食事をしながら話す彼女の言葉で一番印象に残ったのは、“マネー ムーブズ マウンテンズ”「お金は山をも動かす」という言葉だ。最初は苦労しながらも、リスクに満ちたビジネスで最終的には勝利を得たスーパーエリートならではの言葉だなと、私は感じた。
  彼女と別れた後、取引のある銀行の上海支店を訪れ、中国経済の現状と今後の見通しについて、意見を交換した。どうやら私のよみ通りに事態が進展しているようである。日本では中国が経済力で日本を追い越すのは時間の問題と考えている人が多いが、それは中国の実態を知らない意見だ。GDPにおいては、日本の約4兆8,000億ドルの4割弱の1兆8,400百億ドルで、これはイギリスやフランス、イタリアと肩を並べる数字である。これだけ見れば立派なのだが、人口ではこれらの国の約20倍なのである。
  中国経済の最大の特徴は、豊かな上海・北京などの大都市部と、貧しい内陸の農業地帯との所得格差が約10倍もあることである。一人当たりの年間所得でみても、上海は昨年5,000ドル台、北京では3,000ドル台であり、2,000ドル(約24万円)を超えるのは全人口の3分の1以下の3億7,000万人しかいない。これが中国の高所得者なのだ。一方、1,000ドルに満たない人口が4億人、しかも最も貧しいエリアでは、一人当たりGDPが500ドルと上海の10分の1である。もし日本で豊かな県と貧しい県の所得格差が10倍もあればどうなるか。大変な社会問題になるのは間違いない。中国というのはそんな大きな矛盾を抱えている国なのだ。
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 社会的矛盾の解決のため親民路線を採用した中国
 1989年の天安門事件以来、ベルリンの壁崩壊・ソ連邦の解体など一連の社会主義国家の民主化に焦りを感じた中国共産党指導部は、政権維持のために欧米留学帰りのインテリ層や、外資に近い所にいる高学歴・富裕層を味方につける政策を選択した。そして一層の改革開放政策により外資を呼び込んだ。これにより、上海・北京などの大都市圏の経済成長が加速したが、この成長は農民戸籍の超低賃金労働と政治的に定めた超元安の為替レートに支えられたものである。諸外国からの投資を元手に超低賃金労働による加工貿易で得た莫大な利益は、還元されることなく太子党(特権的地位を与えられている共産党幹部の2世)など一部の特権階級のみを潤し、欧米に還流し、蓄積されている。それが中国の貧富の差を急速に拡大させた原因である。しかし最近はこの格差から来る矛盾によって、中国国民の不満が急速に高まってきており、地方を中心に昨年だけでも農民が当局の土地収用に反対して起こした暴動や乱闘は、8万4,000件も発生。これは2004年の6・6%増と確実に増えてきている。今、中国国民の最も大きな関心事は雇用問題である。ここ10数年、毎年10%前後(恣意的な統計で信用できない)の経済成長を続けてきた中国は、2008年に北京オリンピック、2010年には上海万博を控えている。雇用のピークはその前後と見込まれていたのに、最近の統計によると失業者が2億人に達し、大都市でも就職難が深刻化してきたとの見方も出てきた。この雇用不安によって、不満層が地方だけではなく、都市部にも溢れ、抗議デモや暴動が拡大してくる恐れがあるのである。
  胡錦涛国家主席が率いる現中国指導部は不満層の暴走を恐れ、社会的矛盾解消のために、親民路線ともいえる政策を打ち出してきている。今年から始まる第11次5カ年計画がそれだ。「調和のとれた社会の建設」をスローガンとして掲げるこの計画では、2010年の国民一人当たりGDPを2000年の2倍にするという明確な目標が策定されている。それに加えて、国際競争力の高いブランド企業を育成するであるとか、資源節約型社会と環境融合型社会の構築を加速化し、循環型経済を発展させるとか、社会の公平に注目し、収入格差の緩和を行うであるとかが謳われている。この第16期中央委員会第5回全体会議のコミュニケで発表された計画の中で、最もその達成が望まれているのは地域間格差の是正である。10倍にも及ぶ収入の違いをどこまで縮小して人々の不満を抑えることができるのか。そこに中国の将来がかかっているからだ。
  中国にいる私の友人の多くが格差による一番の問題だと指摘するのは、教育と医療に関することである。中国では依然農民戸籍と都市戸籍の2つの戸籍が存在する。家に金(不法出国による出稼ぎ労働で得た収益か、権力に繋がる賄賂)があれば、一生懸命勉強して大学に入り、卒業後に都市戸籍を得ることも可能である。しかしいくら優秀でも貧しい人には、大学入学はもちろん、都市戸籍も果たせぬ夢に過ぎない。またお金のない人は、満足な医療も受けることができない。手術をすれば直すことのできる病気でも、手術代がないために治療できずに死んでしまうというケースが後を断たないそうだ。また、お金があれば命を担保に脅かし根こそぎ高額医療費を請求することが多い。
そして地方における凄まじい貧富の差と一党独裁の政治体制が交わって生み出されているのが、中国社会の宿痾といってもよい想像を絶するような賄賂社会である。瀋陽にいる私の友人から聞いた話だが、彼の知人が焼肉店を開店したという。すると毎日警察がやってきて、ツケで飲み食い。支払いはまとめて署に取りに来るようにというので出向くと、あれやこれやと難癖をつけた上で、営業許可を取り消され、結局賄賂を払って、やっとまた営業許可を貰ったが、その後もいつもタダ食いされている。
  中国ではあらゆる許認可に賄賂がつきもの。正規ルートでは途方もない時間がかかる許認可も、賄賂を支払えばあっという間だ。また、未だにどの人脈と繋がるかが運命を左右する社会。その人脈のボスが隆盛を極めれば繋がる人も裕福に、失脚すれば一派全員が悲哀を味わうという具合だ。とても近代国家とは思えないことが、平然と行われている。こんなことも一切日本のメディアが報道しないのは1964年に「日中記者協定」によって「中国の都合の悪いことは一切書かないこと」と縛られているためだ。
  私が初めて訪れた28年前に比べると、同じ国とは思えないほど変化した中国。上海などは前回訪問した3年前からも、大きく変わっていた。上海では今まで住宅バブルと呼んでもいいほど住宅価格の高騰が続いていた。しかしこの高騰を支えているのは、「値上がり待ちの仮需要」だ。多くの高級住宅団地が完売はしているのに、なかにはほとんど入居者がいない団地もある。投機的に売れてはいるが、実需がついてきていないのだ。林立しているオフィスタワービル(ほとんど外資が建てたもの)の入居率も、50%から60%前後である。見てくれだけは立派だが、中身の伴わない摩天楼が上海の街を埋め尽くしている。上海における住宅税制が最近変わり、転売による利益に対する税から、売った総額に対する売り上げ税となった。この変更によって、今後この上海の住宅バブルは崩壊していくのではないだろうか。成り行きをきちんと見守っていきたい。
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 欧米は凄まじい勢いで新大陸やアジアを侵略した
 成田空港で今ベストセラーとなっている藤原正彦氏の「国家の品格」を購入し、上海へと向かう飛行機の中で一気に読んだ。最近読んだ本の中でも、最も私の考えに近く素晴らしい著書であり、ここに紹介したい。
「近現代の最近5世紀ぐらいを振り返って考えてみると、何はともあれ『欧米にしてやられた時代』としか言いようがありません。いくらアジアが、アフリカが、中南米が、あっちこっちで力んで反抗してみたところで、欧米の敵ではなかった。完全に欧米に支配されてしまいました。ルネッサンスから宗教改革、科学革命、そして産業革命が、『ヨーロッパに起きてしまった』ということが決定的でした」。「とりわけ産業革命は、世界史上最大の事件と言えます。これによって、欧米が世界を支配するようになったのです。産業の力で作り出した強力な武器さえあれば、鉛筆より重いものを持ったことのないような非力な白人でも、槍一本でライオンを倒せるマサイの勇士を簡単に倒せます。正宗の名刀を光らせて日本の侍がおどりかかったところで同じ運命です」。
  著者が指摘したように近現代は「力の論理」が差配する社会なのだ。
  かつて私はユーラシア大陸の最西端であるポルトガルのロカ岬に立ち、「陸ここに終わり、海ここから始まる」という有名な詩を刻んだ石碑を前に、1492年のコロンブスのアメリカ大陸発見に思いを馳せたことがある。大昔から存在し、人も居住していたアメリカ大陸をヨーロッパからみて「発見」というのも、おかしな話であるが・・・。しかしヨーロッパにとっては、新大陸は人間の住んでいるところではなく未開の地であり、収奪と支配の対象で、コロンブス以来アメリカ・アフリカ・インド・中近東・アジア諸国などが西洋列強による凄まじい侵略争奪戦で植民地化された。1973年春に私は初めてメキシコを訪れたとき、メキシコ人のガイドから、「メキシコの人口の70%近くがメスティーソと呼ばれる先住民とスペイン人との混血で、20%が先住民、残りの10数%がヨーロッパ系です。これは征服者であったスペイン人が、先住民であるインディオの男性のほとんどを虐殺し、女性のみを残して混血政策をとったためです。」と聞いた。アメリカでヨーロッパからの移民がフロンティアスピリット(開拓者魂)という名の下に、西へ西へとインディアンを駆逐し追い払い、居住区を作って閉じこめたのが西部開拓。彼らがカリフォルニアに達してからは、さらに太平洋を西に向かってハワイにグアムにフィリピンに、そして日本にまで襲いかかっていこうとしたのだ。その先兵となったのが宣教師であり、その意味で秀吉のキリスト教の布教禁止令(1587年・宣教師追放令)と徳川3代将軍家光が1639年にポルトガル人の来航を禁止することで完成させた鎖国体制は、当時の日本にとって必要だったのかもしれない。この300年に及ぶ日本文明の醸成期が国としてのレベルを高め、西欧列強の侵略を見事に跳ね返したのである。
藤原正彦氏の著書によると(以下抜粋)
「日本が開国した当時、イギリスにせよアメリカにせよ、本気で植民地化しようと思えば出来たはずです。しかしイギリス人たちは江戸の町に来て、町人があちこちで本を立ち読みしている姿を目の当たりにして、『とてもこの国は植民地には出来ない』と、諦めてしまったのです」。江戸時代、日本の識字率は約50%。当時の最先端の都市であったロンドンでの識字率は20%。江戸時代の日本は世界最高の識字率を誇っていたのである。
  欧米が優秀というのは幻想だ。「5世紀から15世紀までの中世を見てみましょう。アメリカは歴史の舞台に存在しないに等しい。ヨーロッパも小さな土地を巡って王侯間の抗争が続いており、無知と貧困と戦いに彩られていました」。しかしそれと同時期に、万葉集や源氏物語などの文学をはじめ、日本は「十分に洗練された文化を持って」いたのである。
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 日本の戦いによって 多くの有色人国が誕生
 長い年月をかけて培われた「もののあはれ」など美しい情緒を持ち、武士道精神という独特の形を持った日本文明は、論理偏重の欧米文明に変わりうるという藤原氏の主張を読んで、日露戦争から先の大戦に至る日本の進んだ道が思い起こされる。当時、世界最強の陸軍国と呼ばれていたロシアに打ち勝ったことや、太平洋や東アジアでアメリカやヨーロッパ諸国と戦ったことによって、日本は世界が白人一色の独裁となることを防いだのだ。これらの戦いの結果、世界には100ヵ国以上の有色人種の国が生み出されたのである。これだけの偉業を成し遂げた国は他にはないのではないか。日本は「世界に冠たる国柄を持っていた」のである。だから「この世界を本格的に救えるのは、日本人しかいない」という藤原氏の主張に、私は非常に共感を持った。飛行機の中でこのような本を読んだ後聞いた「マネー ムーブズ マウンテンズ」という友人の言葉から、「人の心はお金で買える」と言ったホリエモンとは全く違うが、ちょっと連想した今回の上海訪問であった。
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