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2005年09月号 |
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すっかり安全な街になったニューヨークに驚く |
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6月末から5日間、独立記念日の3連休に沸くアメリカ・ニューヨークで過ごすことになった。6月29日に開催されたシカゴでのロータリークラブの百周年記念大会からの流れもあって、久しぶりのニューヨークはいつもより一段と賑わっていた。アメリカを訪れたのは三年ぶりだが、ニューヨークを最後に訪れたのは1994年で、今回で7回目となる。この間のニューヨークの激しい変貌ぶりを肌で感じることができた。
以前ニューヨークは治安が悪い街の代名詞だった。繁華街から少し離れただけで、ガラスが割られたビルが目に入り、地下鉄は落書きだらけ。危険を感じることも多かった。その頃、この街を訪れた私も危ない思いをしたことがある。いつものようにレンタカーを借り、家族四人でマンハッタンを走っていた。同乗していた次男が街の景色を撮影しようと、窓からカメラを外に向けてシャッターを切ったのだが、それが自分が撮られたと思って気に入らなかったのか、10代後半のチンピラギャング風の若者が3〜4人乗った車がからんできたのだ。彼らは猛烈な勢いでクラクションを鳴らし、窓から身を乗り出し、こちらに向かって「ファック・ユー!」と罵声を浴びせかけ、私の車の進行を妨害しようと追いつき、幅寄せをしてきた。カーチェイスを余儀なくされた私は、全速力で交差点に突っ込むやいなや急ブレーキを踏み、相手を先行させた瞬間、間一髪で一方通行を左折し胸をなでおろした思い出がある。
今回見たニューヨークは、まるで全く別の街。その治安の回復ぶりに驚かされた。これは1994年1月から2期8年にわたり市長を務めたジュリアーニ氏の功績と9・11のテロによる警備の強化であろう。彼は治安回復と財政の立て直しに力を注いだ。犯罪抑止にあたっては、ビルの割れた窓を放置すると街全体がスラム化していくという「割れ窓理論」を採用し、地下鉄の落書きや万引き、違法駐車など小さな犯罪でも見過ごさず厳しく取り締まった。そのために、ポリスアカデミーに在籍している警官の卵まで制服を着ていれば一般人には区別がつかないということで動員、街頭パトロールを強化し、要所要所にポリスボックスを配置し警官の数も増員したのだ。この成果として、今やニューヨークはアメリカで最も安全な大都市と言われており、企業がどんどんこの街に集まってきている。9・11同時多発テロの影響で一時は観光客が大幅にダウンしたが、今年になって急速に回復してきている。
9・11のテロによって、何度か訪れた事があるツインタワービルは失われてしまっていた。このウォール街の国際貿易センタービルは、1993年2月にも地下駐車場で爆弾を積んだ車を爆発させるというテロに見舞われた。これは1つのビルを爆発で倒し、将棋倒しでもう1つのビルも破壊しようという計画だった。テロのしばらく後、私は国際貿易センタービルにあった邦銀の支店を訪れミーティングを行ったことがあるのだが、その後テロの危険を感じたのかその支店はウォール街から街の中心部・ミッドタウンへと移転していた。その頃から始まったウォール街にあるオフィスのミッドタウンへの移転は9・11後にはさらに拍車がかかり、一時は荒廃していたタイムズ・スクエアを中心とするミッドタウンが復活、今やニューヨーク随一の繁華街となっている。
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複合開発の参考になった
タイム・ワーナー・センター
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今回宿泊したホテルは、このタイムズ・スクエアの交差点の角にあるルネッサンス・ニューヨーク・ホテルだった。世界の中心のマンハッタン、そしてそのまた中心のタイムズ・スクエアの交差点にある、コカ・コーラの広告で有名なホテルに宿を取ることができたのは、大変に幸運だったと言える。今回の旅行では、いつも利用するハーツレンタカーには車が1台も残っておらず、エイビスレンタカーでようやく1台借りることができた。インディペンデンスデイのせいもあってニューヨークは賑わいを取り戻していたのである。
私の友人に上海在住の台湾人の事業家夫妻がいる。奥さんの方は早稲田大学大学院で博士号を取得し、その後ご主人が通っていたエール大学の大学院に更に留学、2人ともアメリカでの弁護士資格を持っている非常に優秀なご夫妻だ。その後そのご夫妻が上海にホテル用地を購入したとかで、ホテルの経営ノウハウに関するアドバイスが欲しいと来日、私と会食する機会があった。ニューヨークに詳しいご夫婦に私の渡米の予定を伝えると、「コロンバス・サークルにあるタイム・ワーナー・センターへは是非行ってみるべきだ」と教えられた。コロンバス・サークルとは、セントラル・パークの南西端にあるロータリーで、アメリカの地図上の距離の基点となっているコロンブスの像が立っている。このサークルに面して建てられたタイム・ワーナー・センターは、2004年2月にオープンした80階建てのツイン・タワービルで、地下には駐車場の他に巨大な食品スーパー「ホール・フード・マーケット」があり、1階から4階までは高級ブティックや飲食店など40テナントが入り、その上にオフィスがあり、35階から54階は5ツ星で一泊600ドル(約6万7千円)以上もする超高級ホテルであるマンダリン・オリエンタル・ホテルがあり、そしてさらにその上が、コンドミニアム(分譲マンション)となっており、その最も高価なものは780平方メートルで4500万ドル(約50億円)で販売された総合複合開発ビルである。このタイム・ワーナー・センターを見ることができたのは、同じく日本において総合都市開発を手掛ける私にとって非常に参考となった。
センターの4階にはマンハッタンで最も有名で、最も値段が高いと言われている本格和食の寿司レストラン「MASA」が入っている。私は是非一度この店の鮨を味わってみたいと思い、日本からニューヨークの友人にお願いして予約を入れてもらった。驚いたのは予約をするのにデポジット(前金)が必要で、しかも料金は一人350ドル(約4万円)から500ドル(約5万5千円)ということで、友人のクレジットカードで立て替えてもらった。いざ店を訪れてみると、400平方メートルはあろうかという広いスペースにわずか26席程度の店であって、空間を非常に贅沢に使った造り、そして客よりも多いと思われる従業員の数。従業員の多さが高価格の理由じゃないのかと、少々不満を感じながら料理に箸をつけたのだが、味はさすがに絶品であり、ここでの食事はニューヨークのいい土産話となった。今やこの街には全米から、いや全世界から大富豪や要人が訪れているわけであるから、そんな人のためのレストランだと思えば、あの値段も仕方がないのかもしれない。 |
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アメリカはコストを掛けてテロ再発を食い止めている
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そんな金持ちが大勢いる一方で、ホームレスやチンピラギャングがたくさんいるというのがニューヨークのイメージだったが、今回はどちらも一度もお目にかからなかった。これも九・一一の後、警備を強化したことの副産物なのだろう。治安を良くすることはコストもかかるが、それだけの見返りがあるということである。
アメリカでは、年間1万人以上が銃によって死亡しているにもかかわらず、9・11以降の4年近くに渡ってアメリカ国内でテロは行われていない。しかし、アメリカから日本に帰国してみたら、新聞各紙の一面はイギリス・ロンドンで発生した同時テロの記事で埋め尽くされていた。かつてロンドンでは北アイルランドにおける宗教対立により、かねてからIRA(北アイルランド共和国軍)が爆弾テロを頻発させていた。この経験からかイギリスには、あらゆるところにテレビ監視システムがあり、犯罪者の顔で身元を割り出すこともできる。イギリスはそれくらいにテロ対策が進んでいる国であったにもかかわらず今回アルカイダの仕業と思われる大規模なテロが発生したことを考えると、テロを防止することがいかに難しいかということを痛感させられる。アルカイダはアメリカ本土でのテロを再度実行したいと考えているはずだ。しかし四年間も果たせず、かわりに昨年のスペインの列車爆破に続き、今回はロンドンを攻撃した。近年のEU統合により国境がなくなったヨーロッパだが、便利な反面、犯罪者の移動を容易にしているということも、これらテロの背景にあるのかもしれない。今回ニューヨークの空港に着いた時、いつにないイミグレーション(入国審査)の長蛇の列に驚いたのだが、それは入国者の右手、左手の人指し指の指紋を取り、顔写真を撮影した上で入国を許可していたためであった。アメリカはコストを掛けて国内の治安維持にあたっており、それが9・11以降のテロ再発防止に大きな成果を挙げているのである。
例によって、日本の各メディアはロンドンで発生したテロを大々的に、かつその悲惨さを強調して報じた。しかし過去においても現在においても、地球上の様々な地域で悲惨な出来事は発生し続けている。スターリンの1千万人以上とも言われる大粛清や毛沢東の大失政である大躍進政策や、文化大革命による犠牲者は数千万人に上り、ポル・ポトはカンボジア国民の三分の一を虐殺し、北朝鮮はおそらく数十万人の餓死者や弾圧死者を出している。このように独裁者の圧政による犠牲者は多い。アフリカ諸国では今もAIDSや飢餓によって、またスーダンやナイジェリアでは内乱や部族争い、民族紛争によって毎年数万単位の人々の命が失われ続けている。テロよりもケタ違いに悲惨な出来事が毎日起こっているのだ。豊かになった日本でも毎年3万人にも及ぶ人々が自らの命を断ち、数十万人の要介護老人が家庭内で虐待され、少なくとも数万人が命を縮めている。街にも数万人のホームレスが溢れ、病気になっても治療も受けられずに死んでいっているなど悲惨なことが多いのは同様である。テレビや新聞などのメディアで報道されることに目がいきがちで、これらのことについて論評する人も多いのだが、本当に悲惨な出来事は報道の影で人知れず進行していることが多い。欧米社会でのテロは大きなニュースとなる。今度のロンドンのような5〜60人程度の犠牲者を出すテロはイラクでは毎週のように起こっているが、大きなニュースとはならない。日常的に起こっている悲劇はニュースにならないが、ニュースにならないニュースの中に大きなニュースがある。ニュースの大きさはマスコミの報道の仕方次第で決まり、往々にしてそのことによる被害よりも風評被害の方がはるかに大きく、地震や台風の報道による風評被害が実害の何千何万倍にものぼることがあることをメディアは考えて報道すべきだ。 |
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ヨーロッパ統一憲法の否認で自信を持ち始めたアメリカ
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ロンドンでのテロの影響で、イギリスで行われていたサミットの重要議案であった環境問題やイラン問題、北朝鮮問題などがすっかり霞んでしまった。特に環境問題は、今後想定される影響を考えると、テロよりも遥かに多くの人命に関わる案件である。先日来、日本でも報道されているアスベスト被害のようなことが、一気に襲い掛かってくるかもしれないのだ。環境と同時に考えなければならないのが、資源問題である。地球資源は有限であり、地球に住む人全員が、日本人並みの暮らしをしようとすると、公害の蔓延と共に資源が瞬く間に枯渇する恐れがある。先進国として、環境と資源問題を徹底的に論議するのは、最優先の義務であろう。
そして世界最大の悲劇を招く恐れのある核兵器の拡散を防ぐことは、対テロ戦略として最も緊急に対応しなければならない課題だ。日本は北朝鮮の核兵器の排除を全力で迫るべきであり、北が核武装して威嚇してくれば、望むわけではないが、日本も「核武装せざるを得ない」ことになるとの警告も必要である。日本人は熱しやすく醒めやすい性格であると言われている。今は夢物語かもしれないが、北朝鮮が核実験を行い核の脅威が現実のものとなり、台湾に中国の人民解放軍が侵攻するような事態ともなれば、日本の世論は一気に核武装へと向かうのではないだろうか。
これが現実とならないためにも、早急に憲法を改正して力のバランスを保つべきである。そして、明治維新から現在に至った日本の歴史をしっかりと再検証して、先の大戦の開戦に至った経緯と、その後の戦いと敗戦を正しく総括する必要がある。
かつての朝鮮統治や台湾統治は、日本が北海道を開拓したのと同様に、内地の延長としてインフラを整備し、学校教育の普及にも力を入れたわけで、西洋列強による資源収奪や奴隷狩りのためのアフリカ支配とか、オランダによるインドネシアやフランスのベトナム、イギリスのインド、アメリカのフィリピン統治のような資源の収奪と安い労働力確保のための過酷な植民地支配とは全く違う。日本の統治は今韓国などが主張する植民地支配ではない。中国も当時は国民党と共産党が内戦を繰り広げ、地方軍閥が群雄割拠して争う内戦状態にあり、テロやゲリラに巻き込まれる在留邦人の安全を守るために日本軍が介入したのであって、民主的で平和な国であった中国を一方的に侵略したのではない。その時代の状況を知り、正しい歴史認識に従って今後の日本の進む道を正しく見極めていかなければならない。
戦後の日本の繁栄は大戦末期から始まった東西冷戦による漁夫の利の結果とも言える。しかし冷戦はすでに終結、今後も日本が繁栄を続けるためには、憲法を改正して近隣諸国の混乱や圧力に巻き込まれない力を整備し、アメリカとの友好関係を維持した上で独立自衛のできる国を目指していくべきである。いつまでも日米安保条約によりアメリカが日本を守ってくれると思っているのは間違いで、9・11以来アメリカは自国防衛に専念する国になったことを見落としてはいけない。そして日本も国内の治安対策にもっと力を入れるべきだ。テロや犯罪の最大の温床は貧困であるにもかかわらず、日本では自由意志でやっているのだからと、ホームレスやたむろして犯罪を犯す少年を放置している。きちんとした施設にホームレスを収容し、職につかせ、少年非行にもきちんと対応し、計画移民を受け入れ、蛇頭に渡航費を前借りして密入国して犯罪を犯す違法滞在者を徹底的に取り締まるべきだ。自己責任であるシートベルトの未着用や運転中の携帯電話使用などの取り締まりよりも密入国者の取り締まりに力を入れ、落書きや万引き、暴力を伴ういじめなどの小さな犯罪から厳しく取り締まるべきです。 |
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