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藤 誠志 エッセイ 〜社会時評エッセイ〜 2005年03月号
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藤 誠志
 日本人の貯蓄率の高さは豊かさを実感していない証し
  一月十五日付けの産経新聞朝刊に「高金利に人気集中 4200億円突破」という見出しの囲み記事が掲載されていた。新生銀行の年利一%という定期預金が大ヒットしており、預金残高が昨年四月の発売から昨年末までに四千二百億円を突破したという。
  「大手銀行などの定期(三百万円以上)の金利に比べ十倍という高金利」が人気の理由らしい。相対的に金利を比べればそうなのかもしれないが、私にはこれが高金利商品とはとても思えない。百万円を預けても、年に八千円にしかならないのだ。これを「高金利」と考えるのは、「まず銀行貯蓄ありき」という発想が人々の根底にあるからではないだろうか。
  同じ日の読売新聞の朝刊には、「内閣府が十四日に発表した二○○三年度の国民経済計算で、『家計貯蓄率』が七・七%と二年連続の上昇となったが、実際は、家計の所得の落ち込みが続いている中で、消費の低迷でやっと貯蓄率が下げ止まった形」と報じられている。貯蓄率は、「家計が、税金などを引いた手取り収入である『可処分所得』からどれだけ貯蓄に回したかを示す割合」だ。下げ止まったとはいえ、一九九一年度の一五・○%の半分になっており、「高齢化による社会保障負担増や増税などが家計を圧迫すれば、一層の貯蓄率の低下は避けられず、日本の成長力を弱めかねないとの懸念は依然根強い」とこの記事は締めくくられている。果たしてそうだろうか。むしろ所得が減っても七・七%という貯蓄率を保っているのは、国民が豊かさを実感していない証しだと私は考えている。
  先の大戦後、日本は産業中心の社会システムを取り、一貫して続いたインフレを背景に高度経済成長を遂げてきた。インフレ下では、先に事業を起こし資産を築いたものが、後から参入したものよりも有利だ。大きな資産はインフレによって雪ダルマ式に膨れ上がる。これが「既存、大手有利」の構造を生み出してきた。そしてこの構造を支えていたのが高い貯蓄率だった。人々が懸命に働いて銀行に預けた貯蓄は企業への融資となる。融資の金利が七〜八%であっても、インフレ時には実質金利はマイナス。しかも企業は金利を損金として損益通算することで、納税額を大幅に減額させていた。このようにして、例えばコクドを中心とする西武グループのような大企業は資産を着々と膨張させていったのだ。一方、加入時に「満期になれば家の購入資金に」と思って入った三十年満期の生命保険が、満期時には家財道具一つも買えば終わりとなるような金額になってしまうインフレの恐ろしさを、一般の人々は耐え忍んできたのだ。しかし冷戦終結とともに、バブル経済が崩壊し、一転して大幅資産デフレとなり、企業の所有する資産の含み益が大幅に減少し含み赤字となる資産が激増。世界一の資産家と言われた西武グループであっても、大変な状況に追い込まれてしまった。
  産業中心だった戦後日本の歴史は、また家族分断の歴史でもある。古くは集団就職。「金の卵」と呼ばれた中卒者や高卒者が家族の下を離れ、地方から都市部へ移動していった。これらの単純労働をNIESなどアジア各国へ依存するようになると、産業界は均一で高度な教育を受けた人材を求めるようになった。その結果、偏差値教育により自分の学力で入れる少しでも高い偏差値の大学を目指して今度は地方の家族から大都市部の大学へと若者を引き離した。産業の都市部への集中で都市と地方とで富の格差が広まり、ますます若者や父親が都市を目指した。さらに都市では、家族と離れる時間が長くなる長距離通勤が恒常化し、単身赴任なども当たり前のこととなり、自分の親を老人ホームに入れるのも誰も不思議がらなくなるなど、産業を優先した効率主義は、家族を破壊させながら進展してきたのだ。企業の資金調達のための貯蓄奨励や経済効率を優先した家族分断の結果、今や日本人は、豊かさを実感できなくなってしまっている。
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 中心部に施設を一極集中させ特色ある地方都市を創りだす
 私はこれまで世界六十五ヶ国を訪れてきたが、世界第二位のGNPを誇りながら、日本の社会資本整備は欧米に比べてかなり遅れているように思える。その元凶は、長年続いた「誤った」補助金行政だ。私が長年本拠地としていた金沢市をはじめ、多くの地方都市の中心市街地が今さびれてきており、あたかも「シャッター街」と化している。その原因は県庁や大学など主要な施設が、どんどん郊外へと移転していったからだ。なぜ郊外なのか。同じ補助金額で建築物に多くの資金をまわすためには土地代のウェイトを下げなければならない。だから地価の安い郊外に建てるのである。こうしたことで建築業者の取り分を増やし、ひいては選挙での票を獲得したいという力が働いているのだ。公社公団が蔓延り、天下り先のためとしか思えないような役に立たない施設を補助金のばらまきによって作り続けてきた。だから本当に必要な社会資本整備が遅れてしまったのだ。このような「誤った官需」はもう終わりにしなければならない。
  日本が戦後急速な成長を遂げる事ができたのは、海外から資源を輸入して製品を造り輸出するいわゆる加工貿易「外需」によるところが大きかった。しかし中国などがこの分野で台頭してきた今、日本もアメリカのように「内需」も充実させなければ、経済成長を持続させ、豊かな社会を実現することはできない。そして「内需」は、「正しい官需」と「国民の消費の民需」によって構成されるべきだ。では「正しい官需」とは何か。それは、高速交通・通信網の整備に、原発建設などによるエネルギー自給体制の確立などである。地方都市に関していえば、中心部への交通アクセスを改善して行政・教育・医療・流通・観光・サービス等あらゆる主要施設を中心部に一極集中させ、相乗効果による発展を目指し、地方の独自色を味わえる街づくりを行うことである。日本の都市計画は作ってはいけないという規制ばかりで、結果的にあらゆるものが混在する奇妙な街を出現させてしまった。アメリカは都市計画で建ててもいいものを法律で定め、整然とした街づくりをしている。中心部には主要な高層の建築物が集中してダウンタウンを形成し、少し離れると戸建ての古い街並みや田園風景が広がる。日本もこのようなバランスのとれた都市を目指すべきである。
  地方に財源を移転、膨張した地方公務員や数が多すぎる地方議会の議員を三分の一程度に削減。小さな行政組織にして、民間に委託できるものは民間に委託する。行政に競争の原理を導入。天下り、票集めのために談合を容認し、造ってから壊すまで赤字で不必要な「ばらまき箱もの公共工事」を撤廃することも必要である。
  また大都市圏では、将来に渡って価値を生み出すインフラに大規模な投資を行うべきである。例えば、以前より私が主張している「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」を活用した都心地下循環道の建設だ。現在の首都高速道環状線と同じルートの道を、土地所有権の及ばない大深度地下に建設し、地上と地下でその周回方向を逆の一方通行にする。これによって交通渋滞の大幅な解消が行われ、物流コストが低減し、大きな経済的メリットが生じるはずだ。この長年に渡って得られる効果益を原資に建設費用は超低利の今、超長期の国債を発行して賄い、孫子の代までかけて償還していっても良いのではないだろうか。また、災害対策のためのインフラ整備も重要である。人口の密集する大都市部に地震などの災害が起こった際に予測される被害は甚大であり、これに備えた施設をできるだけ早く整えておくべきであろう。さらに通勤時間による家族の分断を少なくするために、フランスのパリのような、下層階がオフィスや店鋪で上層階がアパートメントになっているような、職住近接の建築物を大規模に計画することも必要だ。
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 「住まい面積倍増戦略」で豊かさを実感できる社会を
 「内需」のもう一つの柱は「民需」である。豊かさを実感するためには、貯蓄ばかりに励むのではなく、もっと消費に目を向けるべきではないだろうか。そしてそれを国は政策で支援すべきである。例えば住まい。日本では一人あたりの住まい面積が不十分であり、とても豊かとは言えない。夏の別荘、冬の別荘をそれぞれ持つのが普通である欧米のライフスタイルに比べると、はるかに見劣りする。しかし日本では資産としての家を持ちにくい。なぜなら、税制上、個人の減価償却が認められていないからである。形あるものは必ず経年変化で劣化する。したがって個人の住まいは、購入したその日から含み赤字が拡大していくことになるのだ。また大きな住まいを建てようとすると、過酷な税率を課せられたり公的資金が使えなかったりと何かと不利益になっている。多くの人々が貧乏であった高度経済成長時代であれば、このような平等化政策もまだよかったのであろうが、今となっては民需の拡大を阻む足枷以外の何物でもない。
  消費を活性化する政策として、私は「住まい面積倍増戦略」を提唱したい。現行の住まいは資産であると固定資産税を掛けておきながら、一方で消費税を掛けるのはダブル課税であり、これを廃止するとともに、資産だからと固定資産税を取るのであれば、個人の住居にも減価償却を認めるべきであると思う。アメリカでは本宅と別荘の二軒までの減価償却を認めているし、調達した借入金の利息の全額の損金算入も認めている。日本もこのようにすべきだ。さらには大きな住まいの建築を奨励し、一定の要件を満たせば補助金として税負担を軽減することも必要。アメリカ並の大きな家が増えれば、インテリアや家具、家電など住宅と密接に関わる商品の需要が大幅に伸びるからだ。
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 計画移民と大家族制度で将来への不安を取り去るべき
 アメリカ人は値上がりした住宅の含み益を担保に長期低利の借入をして、所得以上の消費を行い、豊かさを謳歌している。日本人がバブル崩壊後でも貯蓄に固執するのは、老後が心配だからである。確かに日本が向かっている少子高齢化社会では、社会保障がいずれ成り立たなくなるのは当然のことだ。人口が少なくなっていくことは、年金システムの崩壊以外にも、社会の活力の衰退を招くものだ。これに対してもっと積極的な打開策を政策として行うべきである。私は計画移民を検討する時がやってきたと考えている。
  蛇頭などに手引きされ、高額の渡航費用を借金して不法入国した外国人が、その返済のために凶悪な犯罪を犯している。正規のルートを広げれば、外国人犯罪者の数も減るはずだ。ベビーシッターや家政婦に、老人介護や医療介護など、請け負う人手が不足している職種に積極的に外国人の受け入れを行う。そして一定の条件の下、その人達に日本国籍を与え、社会保障費用も負担してもらうのだ。また大きな住まいの実現と同時に、大家族制度を復活させるべきだ。家族の相互扶助によって、国の老人介護負担も大きく軽減されるはずである。
  正しい官需と民需による内需の拡大を行えば、日本経済は必ず良くなる。最近メディアの中国礼讃報道によって、日本は経済的にもうすぐ中国に抜かれると思い込んでいる人が増えてきたが、それは間違いだ。一月十五日付けの読売新聞朝刊の国際面に、アメリカCIA長官の諮問機関による世界情勢の予測が報じられていた。これによると二○二○年までに中国が、二○三五年までにインドがGNP(国民総生産)で日本を抜き去るという。しかし一人あたりのGNPを考えた場合はどうか。中国の人口は日本の約十倍、インドの人口は日本の約八倍。たとえ中国にGNPで並ばれたとしても、一人あたりのGNPでは十倍の差があるのだ。しかも中国の貧富の差は激しい。共産党独裁政権の中国ですべての国民が日本と同様の暮らしをする事は永遠に不可能だと言える。このことを理解した上で、メディアの報道を見るべきである。
  バブルが崩壊、資産デフレとゼロ金利状態が十年も続いている日本。これによって旧来の産業中心の社会システムの中心であった「既存、大手企業」の力は弱まり、新興の中小零細企業であっても創意工夫で大企業に打ち勝てる時代がやってきた。そんな中、ここのところで一転して拠点バブルとも言える状況もでてきた。先日行われた秋葉原駅前の入札で私が路線価の五・二倍の五十億円強で入札したのに、提示された最低価格の三・五五倍の百四十一億七千五百万円で落札したファンドがあった、これは路線価の十四・七四倍であり、収益還元法で評価してみてもバブル価格と言える。これを例外としても、都市部における資産デフレは終息の兆しが見えてきた。
  戦後、一貫として続いてきた東大法学部を中心とする記憶力重視の偏差値教育勝者が官僚・法曹・メディア界に君臨し創りだしてきた社会は、電気も水道もたくさん使えば使うほど高くなるスケールデメリットの制度であり、固定資産税も所得税も相続税も多くの課税制度は大きくなれば累進する税率で、これらは「我々は一生懸命に勉強して東大法学部に入り難しい試験に合格し官僚になったのに、民間のやつらは勉強もしないであの所得は何だ」とばかりに、こんな社会主義的社会を創りだしてきたのではと思いたくもなる。この戦後体制を一掃するためには、多様な能力を評価する人間中心の社会システムを作り、真の資本主義市場経済を実践することである。今こそ日本は三十年、五十年先を見据えた「グランドデザイン」を描く大事な時期を迎えていると言える。
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