
国際政治や国際関係史、文明史を専門とする学者でありながら、保守系の論客としても知られる京都大学大学院教授の中西輝政氏。張作霖爆殺事件に関しても、プロホロフ氏の新説をいち早く検証、その真相解明に積極的に取り組んできた氏に、爆殺事件の背景や今新事実が発覚した理由、この真相を探求する意義などをお聞きした。
元谷 今日はビッグトークにご登場いただきまして、ありがとうございます。昨年、私が募集した「真の近現代史」懸賞論文に現役の航空幕僚長である田母神俊雄氏が応募、その論文がタイトルからして『日本は侵略国家であったのか』と村山談話を真っ向から否定する内容だったために、田母神氏が更迭されることになりました。ほとんどすべてのメディア、国会議員、官僚が田母神バッシングに明け暮れる中、中西先生がいち早く田母神論文への支持を表明されたことが、とても印象に残っています。ありがとうございました。
中西 いえいえ、当然のことです。
元谷 また先日、1928年の張作霖爆殺事件の真相を求めてロシアに行ってきました。このご報告もしたかったのです。張作霖爆殺事件は、どんな歴史の教科書にも、その後の満州事変や盧溝橋事件に続く、日本の中国侵略の第一歩のように書かれています。しかしロシアの歴史小説史家であるドミトリー・プロホロフ氏は、この爆殺事件が日本の関東軍ではなく、ソ連の特務機関の仕業だと自分の本で述べていて、それが『マオ―誰も知らなかった毛沢東』(ユン・チアン、ジョン・ハリデイ共著)に引用されており、田母神氏もこの説を前提に論文を展開しています。日本の近現代史にとって、非常に重要なことですので、実際にプロホロフ氏に会って、真偽を確かめようと思ったのです。
中西 素晴らしい行動力です。
元谷 プロホロフ氏はいろいろと資料を提供してくれました。著書が2冊。『GRU帝国』と『KGB ソビエト諜報部の特殊作戦』です。さらにフロッピーディスク2枚分の原稿と公文書のコピーももらってきました。今、翻訳を行っているところです。これらを先生にお渡ししますので、研究にお役立ていただければ。また、プロホロフ氏に訪日を要請していまして、もし実現すれば、ぜひ中西先生との対談をセッティングしたいと考えています。
中西 わかりました。いろいろな新事実が出てくる可能性がありますね。私も読ませていただきますが、ロシアの件であれば、元防衛大学校教授の瀧澤一郎先生が専門です。私と考えも同じですし。3年前に雑誌『正論』でこのプロホロフ氏の新説を取り上げた時にも、瀧澤先生は「あと1つ資料があれば、張作霖爆殺の真実が確定できる。その資料のありかも見当がついている」とおっしゃっていましたが…。瀧澤先生にもお見せしてもいいでしょうか?
元谷 もちろんです。よろしくお願いします。昨年、私は思い立って、まず『報道されない近現代史』という本を書きました。この本の中で、例えば2004年に北朝鮮北部の龍川駅で起きた列車爆発は、実は金正日の爆殺未遂だったということを暴露しています。私は、金正日は、カーター元大統領との会談で核開発を放棄しようとした父親・金日成を排除したと考えています。父親を排除してでも核開発を続けないと、自分が引き継ぐ「金王朝」が消滅してしまうという恐れからです。そして核兵器の完成直前に、中国の国家主席を胡錦濤に譲って中央軍事委員会主席のみとなっていた江沢民は、権力維持の最後の賭けとして、金正日を排除して北に親中傀儡政権を樹立しようと画策、北朝鮮の軍の一部をそそのかして、爆弾を仕掛けたのでは?緩衝地帯としてのこの地に親中政権の誕生を良しとしないアメリカかロシアからの情報によって九死に一生を得た金正日は、再び狙われないためにも核開発を急ぎ、2006年に不完全ですが、小規模の核実験に成功。これで安心したはずです。
中西 なるほど。
元谷 北朝鮮の核兵器は、アメリカや日本向けだと思われていますが、中国に対する威嚇というのが最も大きな役割なのです。まだ小型化には成功していないと思われますから、ロケットに積み込むこともできず、今は日本やアメリカへの脅威とはなりません。しかし核地雷として、中国からの侵攻に対する強力な防衛にはなります。もし金正日の爆殺に成功していたのなら、混乱収拾のためと称して、人民解放軍が一気に北朝鮮に侵入し、親中傀儡政権が誕生し、北朝鮮は中国の自治区のようになったでしょう。
中西 それは、他国にとっては不都合です。
元谷 そうです。北は昔から重要な緩衝エリアでした。ここをロシアや中国、アメリカのいずれが占領しても、他の国と直接対峙することになるのです。そうはならないために、非人道的な金正日政権は、どの国にとって
も必要悪の存在となっているのです。だから絶えず盗聴し、暗号を解読しているアメリカか、北朝鮮軍に工作員を忍ばせているロシアが、金正日に暗殺計画の情報を流したのでしょう。
中西 おっしゃる通りです。
元谷 周囲からは、よくここまで書いたねと高い評価を受けたのですが、メディアは私の本をまったく話題にしませんでした。そこで話題作りのために論文顕彰制度を作って論文を募集したところ現職航空幕僚長の田母神氏が応募、このことで更迭騒ぎが起こって、一気に人々に知られるようになったのです。今年も第2回目の懸賞論文募集を行い、昨年以上の本数の論文が応募されています。しかし、メディアは、このままではこれらを一切報道しないでしょう。そこで今年の話題作りに、プロホロフ氏との対談を企画し、絶対に会えるという確証のないまま、サンクトペテルブルグへと飛んだのです。
中西 そういう背景だったのですね。
元谷 結局無事にプロホロフ氏と会うことができました。70代ぐらいの方かと思っていたら、まだちょうど50歳ぐらい。本人ははっきりいわなかったのですが、大学を出たあと諜報学校にいき、軍の特務機関であるGRUに勤め、ソ連崩壊の前後に失職したのでしょう。特務機関に所属していたのかと直接聞いたのですが、彼は否定しませんでした。特務機関員として、一般人が見ることのできない内部資料をいろいろと見て、また特務機関員OBのネットワークなどから情報を得て、本にしたのでしょう。特に、私との対談でプロホロフ氏が「歴史家ドミトリー・ヴォルコゴノフ(特務機関時代のプロホロフの上司)の資料の中で、ナウム・エイチンゴンという諜報員が張作霖事件に関係あったという記述を見つけたのが私の研究の出発点です」と述べたことは真実です。ただそれらのソースは、守秘義務もあって公にはできませんから、いろいろ資料を調べて…といっているようです。「書いたものに間違いはない」と自信たっぷりなのも、こう推測すればうなずけます。
中西 今回のプロホロフ氏との対談では、私も知らなかったことが多数出てきています。張作霖の爆殺事件と金正日の爆殺未遂事件には、なんともいえない歴史の文脈の符合を感じますね。今の中国の中には、金正日を排除したい人々と応援したい人々の2派に分かれています。それは軍閥の雄であった張作霖に対しても同じでした。現在中国は当然北朝鮮内部に諜報網を張り巡らせているでしょうが、プロホロフ氏によると、ソ連も関東軍の中に多数の工作員を抱えていたと。1917年のロシア革命直後から、軍から内閣、東京帝大に至るまで、あらゆるところにコミンテルンの手先は入り込んでいたのです。1923(大正12)年の関東大震災の際に、「避難民救済」に名を借りた国際ネットワークを利用してコミンテルンは日本社会の中にも入ってきます。これらの事実から考えると、関東軍にソ連の手先がいたことは当たり前 だったといえるでしょう。
元谷 その通りです。
中西 張作霖の爆殺は、関東軍の河本大作大佐の犯行というのが定説となっていますが、その根拠となっているのは、満州発の大量の電文や関東軍や陸軍内の噂、政友会など政治家やマスコミ関係者らの日記など、すべてが本質的に「伝聞証拠」なのです。河本大佐以外で直接爆弾を仕掛けたり、スイッチを押したりしたといわれている人々も、事件直後ではなく、何年も経過した後に出てきたり噂だけから特定されています。
元谷 当時の情勢から考えても、関東軍の犯行というのは無理があります。爆殺事件の2年前、1926年には、ソ連特務機関による張作霖暗殺未遂事件が起き、その犯人は中国の官憲によって捕まえられています。その報復として、張作霖は翌1927年にソ連総領事館の強制捜査や中国共産党員の大量逮捕を行っています。このように、張作霖とソ連との関係は急速に悪化していたのです。そしてさらに翌年の1928年に張作霖は爆殺されるのですから、流れからみても、ソ連には動機がありました。ソ連特務機関説が正しいとすると、関東軍の仕業にみせかけることに見事成功したことになります。結局これが原因で、天皇陛下によって田中義一内閣は総辞職に追い込まれるなど、工作の影響は非常に大きなものになりました。国際的な情報謀略戦というのは、こういうものなのでしょうね。
中西 そうですね。今年8月末から9月上旬にかけて、モンゴルのウランバートルでノモンハン事件から70周年を記念したシンポジウムが行われ、モスクワからロシアのメドベージェフ大統領も訪れて、演説を行っています。その内容は日本では産経新聞しか報じていなかったのですが、ノモンハン事件の原因や勝ち負けなど「歴史的事実をねじ曲げようとする人が最近出てきているが、それは許されない」というものでした。ロシアでは今でも、ノモンハン事件によって、ソ連軍が関東軍を完膚無きまで破ったために、その後日本はソ連に攻め入らなかったという考えが大勢を占めます。日本でも、司馬遼太郎氏や半藤一利氏などが著作で「ノモンハン事件では日本は完敗した」と繰り返しいってきました。関東軍が何の勝算もなく、勝手にソ連を攻めていったというのが、これまでの見方です。これは東京裁判の追随にすぎず、実際、この裁判の訴追条項の「平和に対する罪」の一つに、ノモンハン事件が日本の侵略行為として挙げられていました。しかしソ連崩壊後、公文書でソ連の死者が日本の2倍だったことが判明。戦闘のきっかけや経緯も、ソ連が先に準備していたところに関東軍は誘い込まれ、前線兵士は多大な犠牲を出しながら善戦敢闘したことがわかってきて、日本が勝ったとはいえないが、戦後ずっと言われてきた「ぼろ負け」でもなく、引き分けだったということが立証されました。
元谷 それをメドベージェフ大統領は「許せない」といったのですね。
中西 その通りです。このノモンハン事件の解釈にロシアがこだわるのは、北方領土問題があるからです。ロシアのロジックは「日本は侵略者なのだから、北方領土を取られても当然」というものでした。ノモンハンや張鼓峰事件などの解釈が変わると、この前提が崩れてしまうのです。一方、張作霖爆殺の真相がソ連の仕業ということになると、最初に中国侵略を行ったのが日本という前提が崩れ、日中の間では日本が有利になります。
元谷 それがまさしく私が狙っていることなのです。また、プロホロフ氏の身が危険になるのではと、心配する理由なのですが。
中西 ひとつ敢えてお話しておくのですが、日本の一部の人の次のような反応は、予期しておくほうがよいと思います。共著者のコルパキヂ氏は純粋な歴史家なのですが、プロホロフ氏は特務機関の勤務歴があります。そういう経歴の人は、俗に「シロービキ」と呼ばれていて、今でも特務機関と繋がりがあるとみなされています。シロービキを使った工作というのがあって、彼らを通して新しい史実などを西側に流すのですが、メディアなどが飛びついて大きな話題になったところで、資料が偽物だと判明して大どんでん返しになるという…。今回の件も、それと同じかもしれないから、うかつに信用できない、という人が、必ず出てくるでしょう。
元谷 しかし、プロホロフ氏自身が、決定的な証拠はないといっているのです。何らかの工作であれば、もっともっともらしい証拠をみせてくるのではないでしょうか。
中西 確かにそうですね。しかし、私がこの張作霖爆殺の新説を面白いと思い、追求する気になったのは、背後にロシアの意図があると感じたからなのです。ロシアから見ると、歴史論争に関して、日本は対中国で守勢にまわり過ぎている。もう少し日本を優勢にして中国を劣勢にすることが、ロシアの利益になると考えているのではないかと。
元谷 それはおっしゃる通りです、私もそう思います。メディアはいつも誤った見方をしていますが、中ロや中朝の対立は、非常に激しいものです。そもそもベトナムにせよ、インドにせよ、中国の周りの国はすべてかつて中国が侵略を試みた敵国なのです。中国が徐々に力をつけつつあることに、ロシアは非常に焦りを感じています。米ソ二大超大国の対立だった冷戦の時代から今や、米中二大国の体制へと変化しつつあります。また、核兵器も含め、ロシアが中国に勝るものがなくなってきているのです。こんな背景から、ロシアが真実を暴露することで中国を貶めようとするのは、十分に理解できますね。
中西 証拠のひとつとして、張作霖爆殺直後、満州の華字紙が、しきりにソ連機関犯行説を報道していたという話があります。実物が台湾に保管されているはずだというのですが、私もまだ見たことはありません。
元谷 イギリスの陸軍諜報部の極東課が、張作霖爆殺をソ連の犯行だという第一報を本国に送ったのですが、日本が自ら犯行を認めたので本国は再調査を指示、しかしもう一度調べ直しても、やはりソ連の仕業という報告していると聞いているのですが…。
中西 それは事実です。報告書も残っていて、公開されています。私もコピーを持っていますよ。ロンドンにあるナショナル・アーカイブという施設に行けば、誰でも見ることができます(そのうちの1つは、W0106‐5750という文書)。当時ソ連の情報を1番よく把握していたのは、イギリスの情報部でした。満州はもちろんのこと、極東中に情報網を張り巡し、イギリス情報部はソ連の暗号電信を片っ端から傍受解読していましたから。その規模と能力は、関東軍など足元にも及ばないほどでした。しかし、なぜかイギリスは、そうした文書を2007年まで極秘にして公開しませんでした。
元谷日本人は、古くからの考えからなのか、自分が相手を騙さなければ、相手もずるいことはしないと思っているふしがあります。しかし世界的にみれば、そんなことはあり得ません。
中西 私はもともと欧米の歴史が専攻だったのですが、彼らの歴史観の中には、謀略とインテリジェンスが大きな位置を占めています。国際関係では、これが当たり前です。ところが、日本の歴史学者たちは、謀略やインテリジェンスなど存在しない、というのが前提なのです。まるで話が噛み合いません。
元谷 この傾向は戦後からなのでしょうか?
中西 戦前からですよ。明治維新後、欧米が教えてくれることは急速に学び取った日本でしたが、欧米諸国も発展途上国だった日本には、インテリジェンスなどというハイレベルな「国家の肝」は、わざと教えなかったのです。
元谷 古くは桶狭間の戦いで、奇襲によって勝利を得た織田信長は、今川義元の首をとった武将ではなく、今川軍の位置を知らせてきた武将に一番の褒美を与えたといいます。この情報感覚が織田信長をその時代の覇者にしたのでしょう。情報の大切さは昔も今も同じ。再認識する必要があります。
中西 情報謀略での功績者をあまり高く評価しないという日本の慣習も、改める必要があるでしょう。
元谷 しかし、プロホロフ氏の暴露にロシアの思惑が絡んでいるという説は、大事な視点です。世界はバランス・オブ・パワーの原理で動いています。中国が台頭しすぎることは、そのバランスを崩す可能性があるのは確かですから。そういう背景があるにせよ、日本に真の近現代史を取り戻すために、まずこの張作霖爆殺事件を突破口としたいですね。
中西 それは大切な着眼点です。この事件についても定説にこだわり、また田母神論文についても非難する学者たちは、戦後日本の焼け残った資料の整理係のような仕事をしてきた人たちです。自分が見たことのない資料は存在しないもの、と決め付けモスクワやロンドンの資料など、読もうともしません。最近驚いたのは、東大で教鞭をとるような先生が、与那国島の自衛隊駐屯に関して、中国を刺激するからよくないというのです。「日中戦争も、日本が上海に軍をおいて中国を刺激したから上海事変が起きて拡大した」というのですから、その理解力の低さに驚いたのです。当時は日本だけではなく、イギリスもアメリカもフランスもイタリアも国際法に則って軍隊を上海に駐留させていたのに…。
元谷 そのような人たちが、戦後日本を駄目にしたのではないでしょうか。プロホロフ氏には、日本に関連する事件だけを集めた新作の執筆もお願いしてあります。完成すれば、私がその版権を買い取り、日本語で出版するつもりです。
中西 それは楽しみです。
元谷 最後にいつも「若い人にひとこと」をお聞きしているのですが。
中西 日本の体たらくぶりは、今回の政権交代でさらに最悪になりました。しかし、歴史認識の根本を変えれば、日本人は生まれ変わると思うのです。日本の再建のためには、歴史認識の再生、これをまず行わなければ。
元谷 そのために、私も田母神氏も先生とともに闘っていきます。今日は非常に貴重なお話を、ありがとうございました。
中西 ありがとうございました。
中西輝政氏
1947(昭和22)年大阪生まれ。京都大学法学部卒業。イギリス.ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授などを経て現職。専攻は国際政治学、国際関係史、文明史。第51回毎日出版文化賞、第7回山本七平賞をダブル受賞した『大英帝国衰亡史』(PHP研究所)など、著書多数。