多くの人と話したいなら徒歩の旅が最良の手段
元谷 本日はビッグトークにご登場いただき、ありがとうございます。非常に意義のある活動を行っているということで、これまでの活躍ぶりもお聞きしていました。以前から一度お会いしたいと思っていたのです。
コールマン こちらこそ、よろしくお願いします。実は3日前に南アフリカから帰ってきたばかりなのです。約120人の日本人ボランティアとともに、植林ツアーに行っていたものですから。
元谷 私も来年、南アフリカに行く予定にしています。私の場合は、サッカーワールドカップの観戦なのですが(笑)。今でこそ、コールマンさんの活動は非常に注目を集めているのですが、最初に環境保護活動を始めたのはいつからなのですか?
コールマン カナダから南アメリカまで、初めての徒歩の旅をスタートしたのは、1990年7月25日のことでした。以来19年間、歩き回っていることになります。
元谷 1990年ということは、冷戦終結と同じタイミングですね。まだ冷戦の最中、フィンランドに旅行したことがあります。きれいな湖があったのですが、魚が一匹もいないのです。聞くと、ソ連の工業廃水によってこのエリアでは酸性雨が降るようになり、水の酸性化によって、魚が住めなくなってしまったというのです。地球には海流や気流があるのですから、ある一国での汚染は、他国にまで影響します。地球環境は一国だけで制御できるものではなく、地球全体で対応していくべきことです。しかし以前は冷戦がネックとなって、「地球全体」でのアクションができなかった。これができるようになったのが、冷戦終結の一つの功績でしょう。そのタイミングで地球を歩き始めたというのは、素晴らしい感覚だと思います。またまだ当時は、それほど地球環境保全を声高にいう人も少なかったのではないでしょうか?
コールマン そうですね。あるきっかけがあり、1989年に、私は地球環境のために自分の人生を捧げようと決めたのです。当時はアマゾンの森林伐採や小雨、水質汚染など問題が山積していました。これらを何とかしないといけないと思ったのです。
元谷 特に東西冷戦時の東側諸国は、環境に配慮する余裕などなかった。有毒ガスや放射能などの汚染もありました。また、アマゾンの熱帯雨林の焼畑農業の映像も見たことがあります。ところどころに、木がなくなった土地がぽつりぽつりと…、見ていて心が痛みました。
コールマン 同感です。私はイギリスの工業都市・マンチェスターの生まれです。汚れた環境の中で育ったのですが、夢はアマゾンの熱帯雨林へと旅することでした。ずっとアマゾンのことは気になっていたのですが、1989年にようやく夢が叶いました。探検隊を組織して、アマゾン川をバルサ材のイカダで下っていったのです。アマゾンの偉大さを、体で感じることができましたね。ところが、三度目の探検の直前にスポンサーが資金を引き上げてしまい、自分の所持金も尽きてしまった。絶望の最中、二年後にブラジルで地球サミットが開かれることを知り、お金がないなら(当時住んでいた)カナダから南アメリカまで歩いて行こうと思いつきました。歩きながら、途中出会う多くの人々に、アマゾンの熱帯雨林がどれだけ地球にとって大切かを語っていこうと考えたのです。
元谷 啓蒙活動として「歩いた」ということですね。
コールマン 多くの人と会うためには、歩くのは一番いい方法なのです。途中見かけるあらゆる人と話すことができますからね(笑)。
元谷 一緒に歩く人も出てきたのではないですか?
コールマン 歩き始めた時に持っていたお金は1ヶ月で尽きてしまったので、それからは道すがら出会う人たちに助けてもらいながら、2年間歩き続けていました。多い時には千人ぐらいの人々と一緒に歩きましたよ。メキシコに着く頃には、行く街すべてで、千人単位の人々が待っていてくれるようになりました。そこで話をして、一緒に木を植えていたのです。訪れる先の国の政府も、しだいに何かしなくちゃというようになってきて、植樹の予算をとってくれるようになりました。波及効果によって、雪だるま式に運動が広がっていったのです。
信念と行動があれば、どんなことでも達成できる
元谷 一本の木が育つのに、30年から50年という年月がかかります。それだけの時間を使って、多くの森林が誕生してきたのに、
人類の伐採によって、中国でもアフリカでも森がどんどん失われていきました。エジプトの環境大臣と対談した時にも、かつてエジプトにも森林があって、多くの動物がいたという話を聞きました。今はすっかり砂漠化していますが。こんなことに危機を感じて、19年前から植林の重要性を訴え続けてきたコールマンさんの活動は、本当に素晴らしいと思います。このアップルタウンも、1990年にスタートしました。コールマンさんが、歩いて人々に語りかけることで自身の考えを広めていったのと同様、私はこの雑誌を通じて、環境だけではなく、政治、経済、人権問題などに関する考えを、多くの人に伝えていったのです。
コールマン 同じところから始めたのですね。
元谷 そうですね。人間は考えているだけではだめで、やはり行動を起さないと。だから、コールマンさんは歩き出し、私は活字に残すことを始めたのです。考えを発表していかないと、何も変わっていきませんから。
コールマン まったく、おっしゃる通りです!イギリスのことわざに、”Action speaks louder than words.”(言葉よりも行動の方が雄弁)というのがあります。歩くのは、簡単でとてもシンプルな「行動」でした。
元谷 誰でもできることでよいのです。ただし継続が肝心。コールマンさんも19年間、歩くことを続けられたからこそ、ここまで活動が大きくなり、高い評価も受けることができるようになったのではないでしょうか?
コールマン そうです。あきらめずにとにかく続けることです。
元谷 ただ、続けるというのは信念を持っているからこそできることです。
コールマン その通りです。これが私にとっては一番大きかったですね。行動を起こすためには、自分自身のため以外の、もっと大きなもののために動くという信念が必要でした。何に対してもこれは同じでしょう。信念と行動があれば、どんなことでも達成できるはずです。
元谷 私もそう思います。環境に関してですが、人間の営みが環境破壊に繋がっているケースにどう対応するかが鍵ですね。アフリカでの森林伐採の第一の理由は、煮炊きのためです。これに対して、ソーラークッカーを普及させて、森林伐採を減らそうという活動も行われています。
コールマン アフリカのケースは、確かにソーラークッカーが有効です。太陽の光は、豊富に存在するわけですから。
元谷 地球の今の繁栄は、過去の太陽の恵みの蓄積を消費することで成り立っています。石油や石炭などは、何億年にもわたって太陽のエネルギーを蓄えた結果、生まれたものなのです。それをわずか数百年で使い果たしてしまったら、これからの未来はどうなるのか。やはり、今使うエネルギーは今あるものに限るべきではないでしょうか?
コールマン アフリカのザンビアを歩いたことがあります。首都のルサカで、毎日木を伐採して炭を作っている人がいました。できた炭を大きな袋に入れて、自転車で60キロメートル離れたところに売りに行くのですが、一つの袋で2ドルにしかならないのです。しかしそのために、毎日毎日、大量の木を切っています。地元の人に尋ねると、毎年降雨量が減ってきているそうです。アフリカでは、問題があるとわかっていることでも、日々のお金のためにどうしてもやってしまうことが多いそうです。生活を成り立たせるための、代替案が必要です。
元谷 貧困をどう救済するかということですね。環境問題は経済問題と密接に関連しています。貧しいから木を切る。それで砂漠化が進み環境が悪化した結果、さらに貧しくなる…という悪循環に陥っています。豊かな国は、その責任として、どういう方法で貧困国に手を差し伸べていけるかを考える必要があるでしょう。インフラの未整備など、アフリカの貧困の根は非常に深いところにあります。1日の3分の1を、水汲みのみに従事しているという地域もあるぐらいですから。この解決に世界全体で取り組んでいくべきです。
コールマン 環境問題に関しては、私たち一人ひとりに責任があって、また同時に一人ひとりに解決する力があるのです。その力の最も大き
きなものは、消費者として「選択」を行う時に発揮されます。例えばアフリカで作られた製品を買う場合でも、それが作られる際に環境を破壊していないか、持続可能な方法で作られているかを一人ひとりが考えて購入をすることで、環境保全に大きく貢献できます。最近、南アフリカを中心に、アフリカ諸国へ多くの観光客が訪れるようになりました。彼らに向けて売られているお土産品には、木で作られたものが非常に多い。その大半のものの原料として、絶滅の危機にある木が使われているのです。そういうことを知ることで、私たち消費者はアフリカ産の木の製品を買わないという選択を行うことができます。環境に負担のない製品を選んで購入していけば、環境に悪影響を及ぼす製品は売れないので、自然と姿を消していくのです。
元谷 そうした一人ひとりの運動も、大いに広めていくべきです。あと温室効果ガスの排出削減の目標が国単位で定められ、国家間の排出権取引なども行われようとしていますが、エネルギー消費にあわせた植樹の義務も、国ごとに割りふっていくべきではないでしょうか。国連決議などを行って、緑の少ない国に積極的な財政支援をしていくことも有効でしょう。個人レベルの活動も非常に重要ですが、結果を出すために、もっと大きなレベルでの活動を志向することも大事だと思います。
コールマン おっしゃる通りです。
古来自然と結びついていた日本の精神性の素晴らしさ
元谷 世界六19カ国を巡ることで、私はいろいろな環境破壊を見てきました。イスラエルの死海も、流入する水の量が減少し、一方で蒸発するために、どんどん水位が下がってきました。そのうち、「かつてここには死海という湖があった」となりかねません。今は運河を掘って、水を補給しようとしているようですが…。カナダの氷河がしだいに短くなってきているのも明らか。いろんな自然が、久しぶりに訪れると、はっきりと見える形で変化しているのがわかります。早くなんらかの手を打つべきだと思います。
コールマン 代表とまったく同意見で、これらは緊急の課題です。時計の針は刻一刻と進んでいるのです。先日、私たちはチリのパタゴニアに土地を購入しました。近くには四つの氷河があって、きれいな雪解け水が流れている、とても心地よい環境の場所です。これからは水が世界で一番重要な資源となっていきます。だから汚染されていない水が豊富なパタゴニアに土地を買ったのです。家を建てて、そこに住むつもりです。グラスを持って外に出て、小川の水を汲めば、そのまま飲めるのです。快適ですよ!
元谷 かつては、日本のどの川もそうでした。私の父の実家のわきにも、きれいな小川が流れていたのを覚えています。昔の日本では、空気も水もきれいでタダなのが当たり前でした。でもよく考えてみると、世界でもそんな国は非常に珍しく、貴重なことだったのですね。本当に日本は自然に恵まれた国だと思います。その背景から、「和をもって尊しとなす」といった国民性が生まれてきたのではないでしょうか。逆に、世界の多くの人が信仰しているキリスト教やイスラム教は、砂漠という過酷な環境の中から生まれてきました。その背景から生じた一神教の厳しさゆえに、今世界中で殺し合いが起こっているのではないかと…。日本の場合は、もっと緩やかな、800万の神ですから。
コールマン 確かに日本の山の中を歩くと、村があって、湧き水があってと…。美しい風景もあって、本当に日本は恵まれていると感じます。
元谷 そういった感覚を持ったコールマンさんが行われている活動だからこそ、人々に対する良い啓蒙になっているのだと思います。
コールマン ありがとうございます。20年前、私が環境活動家になったばかりの頃は、科学的なデータを基に環境について語る人ばかりでした。しかし私は少し違った考えを持っていて、環境と人間の精神性との繋がりを重視するべきだとずっと思っていました。しかし当時はまだその考えを受け入れる土壌がなかった。だんだん環境と精神性を一緒に考える人が増え、私もそういう話ができるようになってきました。
元谷 それは日本人の考え方に近いのでは?
コールマン その通りです。日本には自然と結びついた精神性がありました。神社のご神体が巨木だったりするのが、その顕著な例でしょう。この20年間を振り返ってみると、私には人間が自然との繋がりを取り戻そうとしているように思えるのです。キリスト教もイスラム教も仏教も、教典の中では木が重要な役割を果たしています。ブッダが菩提樹の下で悟りを開いたのは有名な話ですが、イスラム教が「緑の宗教」として知られているのは、ご存知ですか?
元谷 知りませんでした。それはどういう理由でしょうか?
コールマン 生きている間に木を植えると、天国での「ポイント」が増えるというマホメットの教えがあるのです。そして、天国へ行ってからも、植えた木に鳥がとまったり、木の実を食べても、ポイントが加算されます。私はシリアを歩いている時にその教えを聞いたのですが、即座に「じゃあ私は、天国にすごい数のポイントを持っているのだ」と思いましたよ(笑)。
広まりつつある国際的なカーボンオフセット
元谷 産業革命以前の人類は、程度の違いはあるにせよ、自然とのバランスを考えていたということでしょうか。しかし工業化の進展とともに、自然を破壊することで開発を進め、地球環境に大きなダメージを与え続けてきました。今それに気づいて、過去のようなバランスのとれた世界に…。石油など昔からの蓄積によるエネルギーではなく、太陽光など今確保できるエネルギーだけですべてを賄うような技術の開発が求められています。また、豊かな国から貧しい国への援助とか、計画的な植林の実施なども必要でしょう。例えば、植林に対して手当を出すことも考えられるでしょう。そうすれば、木を切って炭にしていた人々が、木を植えることで生活できるようになるはずです。そしてその手当の原資は、エネルギーの大量消費国が負担するのです。
コールマン 国際間のカーボンオフセットの考えですね。代表のお考えは正しいと思います。先日の南アフリカ行きも、現地にあるNPO法人「フード・アンド・ツリーズ・フォー・アフリカ」と一緒に行っている活動の一環でした。このNPOはカーボンオフセットのために、企業に向けて木の寄付を求めているのですが、最近かなりの企業がこれに応じてきているそうです。企業イメージのアップや、寄付金を所得から控除できるというメリットもありますから、熱心な企業が増えています。
元谷 なるほど。
コールマン 120人の日本人ボランティアとともに行った南アフリカの植樹ツアーでしたが、大成功でした。南アフリカの中でも絶対観光客が行ってはいけないといわれている、極貧の黒人居住区で木を植えたのですが、トラブルなど皆無でした。政府が支給している低コストハウスに住んでいる人が多いのですが、庭には何もないのです。そこへ木をどんどん植えていきました。ボランティアが、一人あたり八本植えたのです。トヨタが木とプリウスを寄付してくれたり、他にも多くの企業が援助してくれました。
元谷 それが素晴らしい活動でしたね。
コールマン はい。個人レベルの行動と企業の行動とがいい形でコラボして、それが拡大していった環境活動のお手本のようなツアーでした。120人のボランティアがわざわざお金を払って、時間を使って、観光ではなく植樹のために南アフリカに来たということで、現地の多くの企業が感動、援助がさらに増えるという相乗効果もありました。そして何より、私も参加者もとても楽しかったのです!
元谷 19年前に一人で始めたことが、今はここまで大きくなって…。国や国連を巻き込んで、世界規模まで活動を広げられるよう、がんばって欲しいですね。最後にいつも、「若い人に一言」をお聞きしています。日本へ向けてでも、世界に向けてでも、どちらでも結構です。
コールマン わかりました。私たちは一つの地球に住んでいます。若い人たちは、私よりも長く地球に住むのは確かですよね。しかも若い人たちは、エネルギーを持っています。その貴重なエネルギーを、地球をもっと良い場所にするために使って欲しいのです。一つ、覚えておいて欲しいことがあります。それは、一人でも世界は変えられるということです。ある人がダライラマに、「私一人ではとても世界を変えられない」と言いました。その時ダライラマは、「ではやぶ蚊と一緒に寝てみなさい」と答えたそうです。小さくて何もできないと思われがちな蚊が、一晩で人間にどれだけ影響を及ぼすかは、みなさんご存知の通り。私はよく野宿をするのですが、蚊のブーンという羽音を聞くと、眠れなくなります(笑)。
元谷 そうですね。最初の一人が行動を起こして、主張を伝えることで、多くの人が影響を受けて、世の中が変わっていく…。
コールマン 私の役割は一人の人間として、どういうことができるか、どういう風に世界を変えていけるかということを示す手本になることだと考えています。
元谷 行動と発信ですね。今日は非常に楽しいお話をありがとうございました。
ポール・コールマン氏
1954年イギリス・マンチェスター生まれ。1971年から商船乗組員として世界中をまわり、1979年から89年までは資産家のお抱え運転手の仕事に。見聞を広める中から、自然環境保護に生涯を捧げることを決意。カナダから南米まで歩いたことを皮切りに、今まで4万7000キロメートル、39カ国を歩き、数百万人の人に講演、数百万本の木を植えてきた。1993年に国連環境計画(UNEP)より「アースウォーカー」の称号を受ける。1994年には国連ピース・メッセンジャー・イニシアティブの「We The People's Initiative」の大使に任命される。2004年に「ハート・オブ・ヒューマニティー」賞、2005年の愛・地球博では「地球を愛する100人」など受賞多数。妻・木乃実氏によって書かれた彼の半生記「木を植える人 ポール・コールマン」(角川書店)が2005年に出版されている。